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東京高等裁判所 昭和61年(行ケ)117号 判決

一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本願発明の要旨)及び三(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。

二 そこで、原告主張の審決の取消事由の存否について判断する。

1 成立に争いのない甲第二号証、甲第四号証及び甲第六号証によれば、本願発明は磁気を帯びた鋼材の脱磁装置に関するものであるが、その技術的課題(目的)、構成、作用効果は次のとおりであることが認められる。

(一) 鋼材内部に残留磁気、すなわち外部から受ける磁界によつて磁性材料内部に保持される磁気があると、その材料の加工、洗浄や磁気探傷検査の妨害となり、またその材料を使用した部品の動作、精度に悪影響を与え、あるいは不当な摩耗を生じさせるなどの不都合を生じるので、これを完全に消滅させる必要がある(本願明細書第二頁第六行ないし第四頁第三行)が、従来の最も効果的とされている脱磁装置、例えば昭和四〇年特許出願公告第一五七八八号公報に示される脱磁装置は、交流と直流を用いて脱磁するため、鋼材の残留磁気の大きさ及び鋼材の太さによつて、交流磁場の強さを大きくする必要があり、そのため高電力を消費するコイルが必要な場合があり、またコイルを水冷するために水を消費する必要があつた(同第四頁第四行ないし第一四行)。

本願発明の主たる目的は、このような「渦流探傷並びに磁気探傷後の棒鋼材に残留する強い残留磁気を低電力で効果的に脱磁を行うことができるようにした脱磁装置を提供する」(同第四頁末行ないし第五頁第三行)ことであり、他の目的は「消費電力の増加を無くし、冷却も必要なく、低電力、省力、省資源化で鋼材の残留磁気を消滅させることができるようにした脱磁装置を提供する」(同第五頁第四行ないし第七行)ことである。

(二) 本願発明は前記(一)の目的を達成するため、本願発明の要旨とする構成を採用したものであり、特に「脱磁すべき鋼材の残留磁気のN、S極が反転直前になるように磁界を加えて残留磁気をマイナーループを経てBH曲線上のBr´からBr´´に移すコイル(A)」(別紙(一)第2図参照)を備えることを発明の主要な構成要件の一つとするものである。

(三) そして、本願発明は、前記(二)の構成を採用したことにより、別紙(一)第1表ないし第5表記載のとおり、「小さな電力で極めて効果的な脱磁が実現される」(同第一五頁第一行、第二行)という作用効果を奏することができるものである。

2 成立に争いのない甲第七号証によれば、引用例の特許請求の範囲には「1 磁気を帯びた材料を脱磁処理するに当り、直流磁界と交流磁界とを同時に与えることを特徴とする磁気を帯びた材料の脱磁方法。2 磁気を帯びた材料を脱磁処理するに当り、一旦直流磁化した後交流磁界を与えることを特徴とする磁気を帯びた材料の脱磁方法」(第五頁左欄第二行ないし右欄第三行)と記載されていることが認められ、本願発明と引用例記載の発明は、直流コイルAと交流コイルBとを用い、磁気を帯びた鋼材等の材料を直流磁界を経て交流磁界を通すことにより脱磁する点で一致していることは、当事者間に争いがない。

原告は、引用例記載の発明における直流コイルAは、脱磁する対象物たる材料にまず直流磁化を与えて微細磁区サークルを解消せしめるためのコイルであるのに、審決が脱磁すべき鋼材の残留磁気が減少するように磁界を加えるコイルであると認定したのは誤りである旨主張するので、この点について検討する。

前掲甲第七号証によれば、引用例記載の発明の技術的課題(目的)、構成、作用効果は次のとおりであることが認められる。

(一) 強磁性材料は、すべて顕微鏡的に微細な磁区という領域から成つており、この磁区がサークルを作つて外部に磁気を現さないように配置されているが、なんらかの原因により、それぞれの磁区がサークルを作りにくいか、作つても不完全な状態において数個ないし数十個の磁区がまとまつて見掛け上一つの磁区(副次磁区)となつて、他の同様磁区とサークルを作るようになる(第一頁右欄第一九行ないし第三〇行)。このような状態は不安定であつて、わずかな外部磁気や外部応力によつて副次磁区の分布が変動しやすく(同欄第三〇行ないし第三四行)、該材料に対し、交流脱磁法によつて脱磁を行うと、脱磁の効果は副次磁区に強く働いて、微細な磁区のサークルへは強く及びにくいので、見掛け上脱磁が行われた後においても、微細磁区サークルの部分及び配置は大きく変化せず磁気漏れの状態が残る(第二頁左欄第二行ないし第六行)。

引用例記載の発明は、前記の知見に基づき、磁気を帯びた材料の電磁気的脱磁法の改良を目的とするもの(同欄第一七行、第一八行)である。

(二) 引用例記載の発明は、前記目的を達成するために、前記認定の特許請求の範囲記載の構成を採用したものであつて、まず材料に直流磁化を与えて微細磁区のサークルを解消せしめた後、交流脱磁することが引用例記載の発明における脱磁方法の原理である(同欄第二〇行ないし第二二行)。

(三) 引用例記載の発明は、前記(二)の構成を採用したことにより、交流脱磁処理のみの場合(別紙(二)第1表、第3表参照)に比べて、優れた脱磁効果(別紙(二)第2表、第4表参照)を奏することができるものである。

そして、前掲甲第七号証によれば、引用例記載の発明においては、直流コイルと交流コイルの相対位置に関係なく、直流磁界と交流磁界とが重なり合つていることが脱磁のための重要な条件であつて(第四頁左欄第5表下第七行ないし第九行)、直流コイルと交流コイルの相互の働きが重要であり、そのために両者の間隔が問題とされ、実施例2の別紙(二)第4表と実施例3の別紙(二)第5表とにおいて、同じ材質の線材を用いて、直流コイルと交流コイルの間隔が異なる状態(前者は五〇mm間隔、後者は三〇〇mm間隔)で脱磁した実験結果が示されていることが認められる。

しかしながら、前掲甲第二号証によれば、直流磁界で材料の脱磁前の磁気を打ち消すように、すなわち脱磁すべき鋼材の残留磁気が減少するように単純に磁界を加えるのであれば、脱磁前の磁気の強さに見合つた大きさの直流磁界を、両コイルの間隔の大小に関係なく、残留磁気を打ち消す方向に加える必要があることが認められ、直流コイルと交流コイルの間隔は、加える直流磁界の大小の結果に有意な影響を与えるものではない。このことは、引用例の前記別紙(二)第4表及び第5表に記載された実験結果からも明らかである。すなわち、例えば、脱磁前の磁性が一六五~一八〇ガウス程度の線材についての実験結果を検討すると、第4表の後端が一六五ガウスである線材は一七・六AT/Cmの直流磁場で磁化した後交流脱磁した結果、その極性が反転している、すなわち直流磁場で磁化したことによつて、その後の交流脱磁でも完全に脱磁されない大きさの逆極性の磁性が生じたことになるのに対し、第4表の先端が一七〇ガウスの線材は二五・一AT/Cmの、一六六ガウスの線材は三五・二AT/Cmの、第5表の先端が一八〇ガウスの線材は一二五・五AT/Cmの直流磁場で磁化した後交流脱磁しても残留磁性はそれぞれ二、一、〇となつて極性は反転していない、すなわち直流磁場で磁化したことによつて、その後の交流脱磁によつてほぼ完全に脱磁できる程度の大きさと方向に磁性が生じており、したがつて、ほぼ同じ残留磁気の線材に対して大きな直流磁界を加えた時には、交流脱磁後に線材の磁性が反転しておらず、これよりも小さな直流磁界を加えた時には、交流脱磁後にも反転した磁性が残つていることになり、この結果は、脱磁すべき鋼材の残留磁気が減少するように直流磁界を加えるには、脱磁前の磁気の強さ、すなわち、残留磁気に見合つた大きさの直流磁界を残留磁気を打ち消す方向に加えるという一般的な直流磁界による脱磁の原理と矛盾することになり、引用例記載の発明における直流コイルが残留磁気を減少するように直流磁界を加えるものでないことを示しているというべきである。

また、前掲甲第七号証によれば、引用例は、交流コイルの働きとして「交流脱磁」という語のみを用いているが、直流コイルの働きとしては「直流磁化」という語のみを用いており、一般的に残留磁気を減少させることを意味する語、例えば、減磁、消磁、脱磁などの語を全く用いてなく、両コイルの働きを用語上しゆん別していることが認められる。

以上の認定事実によれば、引用例記載の発明における直流コイルは、脱磁すべき鋼材内部に存在する微細磁区サークルを解消するために鋼材に直流磁化を与えるコイルであつて、脱磁すべき鋼材の残留磁気が減少するように磁界を加えるコイルではないことが明らかである。

被告は、引用例には、「原理的には一応直流磁界のみにても脱磁可能である」と記載されているから、引用例記載の発明における直流コイルは、それ自体の直流磁界のみで脱磁可能、すなわち、脱磁すべき鋼材等の材料の残留磁気が減少するように磁界を加えるものであることは明白である旨主張する。

しかしながら、引用例には、被告引用の記載の前後に「第2図は実施例2において使用した材料を前記説明した装置を使用して両コイルの間隔を五〇mmとして脱磁するに当り、確実に材料の磁性を二ガウス以下とするための直流磁界と交流磁界との組合せの条件を与える関係を示す実験結果である。原理的には一応直流磁界のみにても脱磁可能であるが、すぐれた脱磁効果をあげるには両者の関係を適当に選ぶことが必要である。」(第四頁左欄第七行ないし第一四行)と記載されていることが認められるから、引用例の右記載は、直流磁界のみによる脱磁は原理的には可能であるが、すぐれた脱磁効果を挙げることができず、実際的ではないので、交流磁界による脱磁を併せて行う必要があることを意味するものと理解できる。すなわち、引用例に「原理的には一応直流磁界のみにても脱磁可能である」とは、前記認定の別紙(一)第2図のBH曲線(磁界と磁性体の磁束密度の関係を示す)を参照するならば、この直流磁界を取り除いた時にマイナーループを経て残留磁気が0となる大きさの直流磁界を加えることにより脱磁が可能であることを意味すると考えられるが、これが実際的でない理由は、同図から明らかなとおり、Hc付近のBH曲線は直線に近く傾斜角度が急になるため、直流磁界を微小に変化させるだけで残留磁気は大きく変化してしまい残留磁気を正確に0にすること、すなわち効果的に脱磁することは極めて困難なこと、また前記認定の別紙(二)第1表ないし第5表から明らかなとおり、線材の先端と後端の残留磁気の大きさは必ずしも同じ大きさではなく、差がある場合が多く、線材は長手方向に沿つて残留磁気が変化しており、このような線材を直流磁界のみにより脱磁するには、線材に長手方向に沿つて変化する残留磁気に応じた大きさの直流磁界を与えることが必要となり、複雑かつ微妙な制御を要することによるものと考えられる。

したがつて、引用例に「原理的には一応直流磁界のみにても脱磁可能である」と記載されていることは、単に一般的なBH曲線を参照すれば、直流磁界のみによる脱磁が可能であるという一般的な原理をいつているにすぎないのであつて、引用例記載の前記認定の技術内容からみても、引用例記載の発明における直流コイルがそれ自体の直流磁界のみで脱磁が可能であることを示しているということはできない。

また、被告は、引用例の第5表には、交流磁場を一定値とした状態で直流磁場の電流値(AT/Cm)を変化させた場合における脱磁前後の磁性に関するデータが記載されており、この第5表をみれば、引用例記載の発明における直流コイルが直流磁場の電流値を可変にし、脱磁に際しては、処理後の残留磁気が最少となるように磁場を加えるのは当然のことである旨主張する。

前掲甲第七号証によれば、引用例の別紙(二)第5表には、交流磁場を一定値(三九〇AT/Cm)とした状態で直流磁場を六二・七AT/Cmないし一七二・〇AT/Cmの間で種々変化させた場合における脱磁前後の磁性について記載されていることが認められるから、引用例記載の発明において、「発生する直流磁場は可変可能」ということができるが、そのことから直ちに引用例記載の発明における直流コイルが脱磁すべき鋼材等の材料の残留磁気が減少するように磁界を加えるものといえないことは、前記認定の引用例記載の技術内容からみて明らかであつて、被告の右主張は理由がない。

3 以上のとおりであるから、審決は、本願発明と引用例記載の発明との相違点について判断するに当たり、引用例記載の発明における直流コイルは脱磁すべき鋼材内部に存在する微細磁区サークルを解消するために鋼材に直流磁化を与えるコイルであるのに、「引用例記載のコイル(A)においても脱磁すべき鋼材の残留磁気が減少するように磁界を加える以上、残留磁気がマイナーループを経てBH曲線上のBr´からこれより下位のBr´´に移ることは自ら明らか」であると誤認した結果、本願発明は引用例に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと誤つて判断したものであつて、違法であるから、取消しを免れない。

三 よつて、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は正当としてこれを認容することとする。

〔編註その一〕 本願発明の要旨は左のとおりである。

直流定電流電源によつて励磁され、発生する直流磁場は可変可能で、かつ脱磁すべき鋼材の残留磁気のN、S極が反転直前になるように磁界を加えて残留磁気をマイナーループを経てBH曲線上のBr´からBr´´に移すコイル(A)と、該コイルの次段に配置され、交流商用周波数によつて励磁され、その電流値は決められて可変しないコイル(B)とより成り、これらコイル(A)及び(B)内に脱磁すべき鋼材を連続通過させるように構成して成る脱磁装置。

(別紙(一)参照)

〔編註その二〕 本件に関する図面は左のとおりである。

別紙(一)

<省略>

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(以下省略)

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